みやごのごっつお(宮古のごちそう)


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 宮古で生まれ育った多くの人が日本の各所で、いや国境を越えた所でも暮らされています。「みやごのごっつお」の掲示板によく見えられる方に、宮古への思いをいま住んでいるところを踏まえて書いていただきました。その第1弾はアメリカxxxx州在住のダナンさん。以降、「十勝の宮古人」「古都の宮古人」等を予定しています。


1.アメリカの宮古人


はじめに


 私、ダナンと申します。
 生まれも育ちも宮古市です。ちょっとしたきっかけで、こちらのサイトよりお誘い受けまして、こうして「アメリカの宮古人」を書く事になりました。サイト管理人様お二人とは、かなり世代が離れてしまいますが、「宮古人」には変わりませんので、自分の生活の中で気づく「宮古」との違いをいろいろ綴っていこうと思います。
 宮古を離れて12年、日本を離れて7年目になる今日この頃、故郷宮古が恋しくて仕方がありません。あの美しい風景と思い出、そして豊富な海産物は、現在生活を拠点にしている街では、手に入らないものばかり。「宮古のごっつお」のサイトを見る度に、宮古を思い出している次第であります。
 宮古で暮らした時期が高校までという事で、もしかしたらあまり掘り下げて宮古と海外を見比べる事ができないかもしれません。でも、出来る限り自分の記憶を辿って、生活の中における違いみたいなものを書いて行きたいと思います。
ではでは、まだまだ未熟な「宮古人」をこれからもヨロシクお願いします。


見栄えは問題ではない

 よく汚いラーメン屋さんほど、うまいラーメンを置いている事がありますよね。お店の見栄えは、暖簾も綻びが進んでいて、店内のテーブルが脂ぎっているようなカンジ。でもなぜか、行列が出来るほどの賑わい、店長は頑固親父でうまいラーメンを出す。ラーメン屋さんに限らず、「見栄えの悪いお店ほど味がうまい」と言う図式があっても過言ではないような気がします。
 宮古で同じようなお店と言えば、ラーメン屋さんではありませんが、お好み焼き屋がありました。まあ、行列まで出来ないもの、味は確実にうまかった!そして、店長は仏頂面で無口。
 こちらアメリカで、お好み焼き屋さんは無いにしろ、似たようなお店を発見して、なぜか宮古を思い出してしまいました。看板は、古びて開店以来のまま、70年代を思い起こす電光掲示板みたいな様相。日本のラーメン屋さん同様、飲みに出かけた後、ちょっとした空腹を満たしてくれるような存在でもあります。そう、そこはホットドック屋さん。夜中の2時くらいまで開いていますので、まさにアメリカのラーメン屋さんみたいなものです。そこの店長は、仏頂面ではありませんが、無口な痩せ型のおじいさん。夜遅くまでご苦労さんとつい言いたくなってしまうくらい。
「チリドックひとつ下さい。チーズもちょっと乗せて、サワークラウド(キャベツの酢漬け)もね。」なんて、言いながら周りを見渡すと、あっと言う間に空き席が埋まっていました。大きなチリドックを頬張りながら、私の中のちょっぴり変わった「日本・宮古」を味わいます。
見栄えは問題ではないのですね。味が勝負。それは、どこへ行っても世界共通なのではないでしょうか。

市場

 お正月を迎えるに当たって、年末は魚菜市場へ出かけるのがやはり宮古人の風習だと、今でも信じております。こちらにも「ウェストサイドマーケット」といういわゆる魚菜市場があります。厳密にいうと肉屋さんのほうが魚屋さんよりも多いので、肉菜市場なのかもしれません。私も出来るだけ、年末にはこの市場に正月用の買出しに出かけるようにしています。しかし、正月は日本ほど重要視されていませんので、私はたいていクリスマス前に出かけます。新鮮な魚は、沢山置いてはいないもの、新鮮な肉・野菜が豊富で、いろいろな国のお菓子にも出会える事の出来る市場。 賑わい様は、私が覚えている宮古の魚菜市場と変わらない位ではないでしょうか。ただ違う事には、多国籍な人達による市場とあって、市場の人達の押しの強いこと。お試し品を店先で、強引に薦められるので、断るのに一苦労します。その上、自分が見立てたものを的確に指定しないと、少し品質が悪いものを渡されたりするので、気をつけないといけません。宮古で魚菜市場から帰ってくる時はいつでも、人込みと荷物の重さに疲れたものでしたが、こちらでは身体の疲れのうえ、多少精神的に疲れてしまう時があります。
市場は、まさに売り手にとっても、買い手にとってもサバイバルです。でも、その活気さが何ともたのもしいですね。

田舎と都会

 高校卒業後、千葉へ上京した時、周りの人に宮古弁を指摘されて、何故か凄く恥ずかしかったのを今でも覚えてます。そして、今は「日本人訛り」の英語の発音ですが、不思議な事に誰もそれを指摘しません。相手は、私が「外国人」だから、指摘しないのかもしれませんね。だから、自分からついつい、「私は日本人なので、発音が聴き取り難いかもしれませんよ。」とあえて付け加えてしまいます。たいてい、そこから会話が弾む事もあり、以外に「なまりがある」事は、自己アピールにも繋がるみたいなので、恥ずかしいと思った事は殆どありません。こちらでも同様、大都市(ニューヨークなど)は地方出身者の集まりです。地方の人間は、大都市の人間と何かしらの距離を置いているように見えます。かつての同胞が、大都市に住み始め、訛りも無くなりすっかり洗練されている事に、多少の違和感と劣等感さえ感じているようです。私も初めておのぼりさんとして、東京を歩き回った時は、いかに「田舎者」に見えないように振舞うか必死でした。そして、上京した時は、自分のなまりに恥ずかしさを覚え、必死で標準語を話すようにしていました。地方と田舎の壁は、どこにでもあります。日本とアメリカを転々としながら、学んだ事は「故郷への思い」と「故郷への誇り」です。今は、訛っている事さえ、かっこよく思えます。それがユニークさであり、ありままの自分であるからです。

スノータイヤと除雪車

 私がここ4年住んでいる街は、雪国です。とは言うもの、日本海側や北海道のように絶え間なく雪が降るわけではありませんが、冬は確実に寒く雪がよく降ります。この街に引っ越して来る以前も、この街と同じくらい寒くて積雪の多い地方にいました。今年の宮古は例外ですが、たいてい宮古の冬は内陸に比べて積雪が少ないので、比較的過ごしやすいのではないでしょうか。でも、一度どっさりと雪が降ると交通機関が支障をきたしますよね。除雪車も出ますが、道路は運転がままならない状態。一方こちらは車社会なわけで、除雪車の数も出動頻度も非常に多く、たとえ大雪に見舞われても、次の日は普通のスピードで運転出来る状態です。塩化カルシウムを過激にばら撒くせいもあってか、車と道路の損傷が年数を重ねる毎に酷くなります。だから、道路は凸凹、車の錆の進み方は尋常ではないくらい。でも、その過剰とも言える雪対策のおかげで、スノータイヤ装着の必要性は無いに等しく、マメに装着している人の方が少ないくらいです。スノータイヤのコマーシャルや新聞の広告は、こちらでは全く見る事がありません。ただ、アメリカも広いので、ロッキーの山岳地方でも同じ事が言えるかと言えば、私には分かりません。ともあれ、今年もまたひとつ、私の車は冬の勲章である錆が増えました。



 
 
 
 
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